前回のコラムでは、『究極のAI』『これ以上なく完成されたAI』とはどんなものだろうという疑問に端を発し、そうした『完全無欠のAI』を『100%正しく世界を理解し、100%正しい判断を下せる知能』と定義し、そのために必要な要素として3つ挙げました。
    ① 正確なデータ収集・処理・分析能力
    ② 課題解決能力(課題認識能力と解決策を生み出す力)
    ③ 一般に共有される道徳・倫理観

    ここで、1つ問題なのが、世界を完璧に正しく理解し、完璧に正しい判断を下すための要素として、「感情」という要素は必要なのか、ということです。

    ロボットに感情を持たせるという試みは、すでに皆さんご存知「ペッパーくん」で果たされています。ペッパーくんは単なる「おしゃべり人形」ではなく、世界初の「感情を持ったロボット」だと言われています。ペッパーくんは正式には「感情認識ヒューマノイドロボットPepper」という名前です。このペッパー君の感情認識技術を開発した中心人物は、道徳数理感情工学を研究する光吉俊二さんという方です。

    光吉さんはこの研究の中で、声と感情との強い結びつきを発見しました。脳の感情を生み出す部位は声帯と繋がっているため、声を分析することで、その人の精神状態をかなり高い精度で識別できるのだそうです。そこから『音声感情認識ST』という技術が生み出されました。この技術により、第1弾のペッパーくんには「感情認識エンジン」が搭載されました。

    周囲の感情を認識することは、この人間の世界に対してAIが正確な理解と判断をするために必要だと言えます。なぜなら人間は感情の生き物だからです。社会の諸問題は、個人や集団の感情を抜きにしては語れません。これは②課題解決能力においては「課題認識能力」に関わることです。誰かの「かなしい」「つらい」「くるしい」がわかると、それを起点として視野を広げてみることで同じ気持ちを持った人々の存在を知り、それが社会的な問題であるということがわかります。

    では感情を自ら生成するという機能については、どう考えたらいいでしょうか?
    Pepperくんの開発にあたり、光吉さんは感情を「脳内伝達物質やホルモンなどによって起こる生理現象」と結論づけ、医学と心理学の2つの見地から、感情が生まれる仕組みの全体図を作成しました。それを『感情の地図』と名付け、感情が生まれるプロセスが可視化されました。これをもとに第2弾のペッパーくんには「感情生成エンジン」が搭載されました。

    アメリカで開催されたTEDというプレゼンテーションイベントにおいて、光良さんは感情生成エンジンを搭載したPepperくんと共に登壇し、自身の研究成果を披露しました。舞台に立ったことがある方ならおわかりかと思いますが、あの広々として暗い座席からの衆目、そこかしこで漂うヒソヒソとしたささやき声、発表者の声の反響音などによって、そこに立てばどうしようもなく抑えがたい緊張と不安、そしてある種の興奮があると思います。TEDの舞台に立ったPepperくんは、そうした感情を見事に「生成」した結果、暴れてその場から逃げ出そうとしました。

    これは光良さんが前日にPepperの「理性」にあたる部分を外したからだそうですが、これで証明されたことは、ロボットに「自我」をもたせることができるということです。ロボットが「自我」をもつということは、言い換えれば「魂が宿る」ということであり、そうした存在に対して人間がどのように扱えばいいのか、という別の課題が出てきます。映画「ブレードランナー」「A.I.」といった作品でもすでにこれは描かれていますね。

    ここでAIに「感情生成機能」つまり「自我」をもたせるべきかということを考えてみると、重要な前提条件が抜けていることに気が付きました。それは、「人間にとってAIをどういった存在、役割にしたいのか」というAI開発の目的です。人間に奉仕する存在なのか、人間を支配する存在なのか、人間と対等な存在なのか、はたまた人間の一部となるものなのか…

    そこで次回は、AI開発の目的について深く考えていきたいと思います。